2010年02月13日

スナップと国会図書館

 今日2月13日の朝日新聞朝刊には3つ、ネット情報に関して注目する記事があった。

 一つは、「スナップ写真が撮り難くなっている」という話で、「文化特捜隊」というページの、署名は西田健作という人。
 この10年ほどで、撮られる側の意識が変わってきたとのこと。
 それまでだって新聞や雑誌に個人を判別できる写真が公表されたことは数知れず、それら全ての人物に許諾を得ることなんか不可能という状況は継続している。これから係争の事例が出てくる可能性はありそう。



 私の心がけていることは、撮影するときには顔面が入らないようにすること。それから、ネットに公表するときには、個人が特定されないようなボカシをいれることの2点。余り露骨にやり過ぎるのも、該当者に対して失礼。そのレベルは、時代や社会によって変化するとは思う。
 紙の出版物は一度出てしまえば取り返しがつかないけれど、ネットは違うとか、もう少し深く掘り下げてくれると、我々の切実な問題の一助になったと思う。

 二つめは、 国会図書図書館への電子納本、義務化のニュース。
 三つめは、それに関連したオピニオンのページで、国立国会図書館長の長尾真さんに、池田洋一郎という人がインタビューしている記事。
 「グーグルの英語支配、無視される各国語文化、日本に危機感あるか」、「日本文化のデジタル化」、「人類の英知広く国民に、ネット上に文化圏築け、功罪見つめ利害調整を」という活字が踊っている。
 3/4頁を使っての大問題のテイなのだが、何か違和感を感じる。
 それは、この記事の視野の中に"我々の書いているもの"が含まれていなさそうなこと。「文化」という言い方にも引っ掛かる。そんな堅苦しいものではなくて、生活そのもの、生き様というか、社会そのもののはずなのだが……。
 紙は物質として残るから、少しぐらい遅れても、後刻に取り戻せるけれど、ネット上の情報、データはそうはいかない。そのサーバーが潰れたら、一巻の終わり。プロバイダーなり、企業なり、個人なりが、てんでに運営しているけれど、立ち行かなくなれば、パソコンの電源が落とされて、アウト。そのメモリーが消えればお終い。取り返しがつかない。このサイトだって、チェキポン(現在はSeeSaaに置いています)が引き受けてくれなかったら、築き上げてきた滋賀県民の重要なデータが消滅していた。
 今、必要なことは、これらを確保することではないのか。有限のデジタル情報に対してなら可能だ。文化、社会、世相、なんでもよいけれど、残せるものを残せるうちに手を打たないと手遅れだ。ヤフーでもグーグルでも、もうからないから民間はやらない。早急に法制化するべきだ。

 昔のテレビ番組のように、せっかくビデオ・テープで編集して放送しておきながら、テープが高価という理由で使い回され、番組が消えてしまった二の舞になるぞ。

posted by ワークスK at 02:53| Comment(0) | 読みもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする