2017年09月21日

老いては夫を従え

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 カミさんが図書館から借りてきた本が、柴門ふみ「老いては夫を従え」だって(月刊 本の窓「自著を語る」)。もちろんこれは、儒教が示す女性の行うべき「三従(さんじゅう)」、幼にしては父兄に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う……を茶化している(コトバンク)。そして、彼女の夫は有名人だから、様々な憶測や尾ひれを付けられて、短い題名から連想を大きく拡散させる目論見が透けて見える。こりゃあ、出版社の知恵だな。本人には、配偶者の手前、ちょっと無理だ。
 そして我が身を振り返れば、確かに現在、こっち側に「従っている」という意識が無いことは無い。「この燃えないゴミは出すのか?」とか、「シャツを洗濯機に入れてもいいか?」などなど、常にお伺いを立てているし、否定はしない。現役時代には家庭を任せ切りだった後ろめたさもある。
 えっ! 若いころ? もちろん、会社に従っていたさ。
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2010年02月13日

スナップと国会図書館

 今日2月13日の朝日新聞朝刊には3つ、ネット情報に関して注目する記事があった。

 一つは、「スナップ写真が撮り難くなっている」という話で、「文化特捜隊」というページの、署名は西田健作という人。
 この10年ほどで、撮られる側の意識が変わってきたとのこと。
 それまでだって新聞や雑誌に個人を判別できる写真が公表されたことは数知れず、それら全ての人物に許諾を得ることなんか不可能という状況は継続している。これから係争の事例が出てくる可能性はありそう。



 私の心がけていることは、撮影するときには顔面が入らないようにすること。それから、ネットに公表するときには、個人が特定されないようなボカシをいれることの2点。余り露骨にやり過ぎるのも、該当者に対して失礼。そのレベルは、時代や社会によって変化するとは思う。
 紙の出版物は一度出てしまえば取り返しがつかないけれど、ネットは違うとか、もう少し深く掘り下げてくれると、我々の切実な問題の一助になったと思う。

 二つめは、 国会図書図書館への電子納本、義務化のニュース。
 三つめは、それに関連したオピニオンのページで、国立国会図書館長の長尾真さんに、池田洋一郎という人がインタビューしている記事。
 「グーグルの英語支配、無視される各国語文化、日本に危機感あるか」、「日本文化のデジタル化」、「人類の英知広く国民に、ネット上に文化圏築け、功罪見つめ利害調整を」という活字が踊っている。
 3/4頁を使っての大問題のテイなのだが、何か違和感を感じる。
 それは、この記事の視野の中に"我々の書いているもの"が含まれていなさそうなこと。「文化」という言い方にも引っ掛かる。そんな堅苦しいものではなくて、生活そのもの、生き様というか、社会そのもののはずなのだが……。
 紙は物質として残るから、少しぐらい遅れても、後刻に取り戻せるけれど、ネット上の情報、データはそうはいかない。そのサーバーが潰れたら、一巻の終わり。プロバイダーなり、企業なり、個人なりが、てんでに運営しているけれど、立ち行かなくなれば、パソコンの電源が落とされて、アウト。そのメモリーが消えればお終い。取り返しがつかない。このサイトだって、チェキポン(現在はSeeSaaに置いています)が引き受けてくれなかったら、築き上げてきた滋賀県民の重要なデータが消滅していた。
 今、必要なことは、これらを確保することではないのか。有限のデジタル情報に対してなら可能だ。文化、社会、世相、なんでもよいけれど、残せるものを残せるうちに手を打たないと手遅れだ。ヤフーでもグーグルでも、もうからないから民間はやらない。早急に法制化するべきだ。

 昔のテレビ番組のように、せっかくビデオ・テープで編集して放送しておきながら、テープが高価という理由で使い回され、番組が消えてしまった二の舞になるぞ。

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2010年01月06日

脳に悪い7つの習慣

朝日新聞の1月5日朝刊第2面に広告のあった本です。
なかなか面白そうと検索してみると、書評がゴロゴロ転がっていました。

R-スタイル
グラマラスライフ実川元子
アレキサンドリア図書館
WEB本の通信社
商売繁盛!願望達成!「右脳活性研究室」
ズブズブに理系でいこう!
からまる日記

これだけ読んだら、買わなくても......(^_-)

第1章の「自分さえ良ければと思うと損をする」というところに興味が出てきました。
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2009年10月23日

神の不在証明

 数日前にエンサイクロペディアEn cyclopediaならぬ、 アンサイクロペディアUn cyclopediaという恐ろしいうそ八百科事典を紹介しました。この中で、「神の存在証明」という項目が、考えさせられ、かつ大変に面白いと思いました。
 ただし、そこからリンクを張られた「神の不在証明」が空白だったのが残念で、思い余って、私が書き込んでみました。
 ページの中で様々なリンクなど、よく判らず、悩んでいましたら、30分ほどもしたら、体裁良く編集してくださった方が現れて、大助かりでした。
 初めてですので、皆さんのお目に耐えられる自信はありませんが、ご一読いただければ幸いです。

 不思議だったのは、神様の存在を否定する理屈を考えれば考えるほど、神様がいてくれたら良いのにな。神様が見守ってくれたらうれしいな。神様はいるのではないだろうか。いや、絶対におられるはずだ。うん、確かにあらせられる……てな風に思ったことです(笑)

 お暇な方にご一読いただければ幸いです(神の不在証明)。
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2009年10月17日

うそ八百科事典の迷宮


 ウィキペディアをウロウロしていたら、いつの間にか不思議なパラレルワールドに迷い込んでしまいました。

 エンサイクロペディアならぬ、 アンサイクロペディア。百科事典ならぬ、 恐ろしいウソ八百科事典でした。そこは、風刺と冗談のみが存在し、アクセスした者はただひたすら時間を浪費するだけという無限地獄です。お暇と興味のある方はご一読を!もちろん、 英語版も、 ドイツ語版も、 韓国語版 ......もあります。
 なお、深夜帯は多くのアンサイクロペディアンが書き込みを行っているので負荷が大きく、繋がり難いかも知れません。お勧め記事は......
 阪神タイガース
 大津市
 神の存在証明
 ポテトチップス
 ドラえもん
 イヌ
 徳川家康
 200円問題
 バカ
 ウィキペディア
 アンサイクロペディア
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2008年03月13日

初恋の人からの手紙を公開

 今日の午後、FM滋賀の番組で羽川英樹さんが紹介したサイトを、いい歳をこいたおっさんが試してみました。呼ばれたい名前を入力して、いくつかの質問に答えると、初恋の人から手紙が来ます。私の結果と、 その分析結果です。あはははは……

サイトはここ
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2007年06月29日

福知山線脱線事故調の最終報告は的外れ

 6月29日の朝刊は、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会がまとめた最終報告書を大きく報じていて、例えば読売新聞には「懲罰教育重圧制動遅れ」という活字が並んでいます。論調としては「事故原因について、企業体質の問題に踏み込むのはきわめて異例」と、どちらかというと誉めてはいるものの、私には釈然としないものがあります。

 それは、どうしてJR西日本が懲罰教育を実施する様な企業なのかということです。
 すなわち、こんな大事故を起こす可能性がある人物を運転士で使い続けた、否、使い続けざるを得なかった企業の体質についてです。

 事故直後からの報道では、この運転士は過去に車掌時代を含めてミスが多かったと指摘していた記憶があります。一方、所属した列車区の区長?は「彼は優秀だった」と述べていました。

 この間の認識の差異が大きな問題だと思うのです。
 私の全くの想像であることは言を待ちませんが、運転士の技量などを評価するのは区長の下にいる班長、あるいは助役と呼ばれる職位の人間のはずです。偉い区長ではありません。実際に運転士の横で指導した彼らの判断が反映されなかったことこそ、大問題です。
 生身の人物を評価できないからペーパー試験だけで登用し、また日頃のミスをOJT的に指導できないから日勤教育に走らざるを得なかったのだと思うのです。
 さらにその根本的原因は、多分、労使関係。

 または、役人でいうところのキャリアとノンキャリアの関係。

 さらに、人事部の度を超した権限辺りにあるはずで、それを白日の下に引っ張り出して是正するのは、経営トップだけができる大仕事です。信楽高原鉄道事故も根底に存在する原因は同じでしょう。利益至上は企業として当然の旗印だし、最新式ATSの設置が遅れたなどということは、全くの枝葉です。

 しかし根幹的なものは部外者には判りにくく、また糾弾することも不可能です。JR西という会社を批判したところで何も変わりません。今の社長に「判れ」と言ったところで、この辺りの認識がなければ無理な話で、かといって、社長以外には責任と権限を持つ実態がないのです。

 解決策は、ただひたすら、カリスマ的なリーダーが現れるのを待つしかないでしょう。
 すなわち、企業は人なりです。不思議なのは、マスコミがいつも、そこに踏み込まないことで、言及してくれさえすれば、少しは救世主出現に近づくと思うのですが……。事故調の構成メンバーに会社経営の経験者が必要なのでしょうね。
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2007年06月06日

忍術の巻物が欲しい

 先日、甲賀の里「忍術村」村長、柚木俊一郎という方の講演を伺う機会がありました。
 豊かなヒゲを蓄えた風貌は、ただ者でないと思わせるに十分です (^ _ ^;
 はじめは観光目的のマジックショー的なものかと思っていましたら、集落の形成やら歴史の背景をどちらかというと学術的な話で、ビックリしました。映画や漫画の中だけの存在ではないことがよく判りました。「甲賀」は「こうか」と濁らないということも知りました。 忍術秘伝書だという「萬川集海」は欲しぃですね。

 ウィキペディアの忍者の項が結構、講演内容に近い面があります。知的好奇心を満たしてくれます。こういう類のお話が聴けるなら忍術村に行ってみたいですね。
posted by ワークスK at 23:54| Comment(0) | 読みもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月04日

田淵幸一インタビューは野球ファン必読

「ファイブエル」をひょんな事から定期購読しはじめました。
 木村政雄さんが編集長を務める月刊のフリーペーパーで、「団塊世代のエンターテイメント誌」を謳い文句としています。関東、関西の旅行会社とか、ゴルフ場、ホテル、銭湯、料亭、喫茶店などに置いているとのことで、当方の馴染みが無いところばかり。というわけで、年12回、送料だけの1,800円を負担して申し込んでみました。
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 それで6月号のメインは、関西人には懐かしい田淵幸一氏や、中国代表コーチに就任して物議を醸しているシンクロ・スイミングの井村雅代氏のインタビューで、結構読めます。
 ユン・ヒウォンさんという方の「ユン博士の金融流体力学」という記事は、題名が奇抜なものの、第1回目は自己紹介ということでサワリさえないのが残念です。

 全体としての感想は、無料なら暇つぶしにいいかなあという程度でしょうか。
 執筆者が既に名を成している人ばかりで内容が意外性に欠けるし、文章としてのエンターテイメント・レベルもちょっと低い感じです。
 まあ、無料誌とはいうものの、当方はお金を払っていますので、辛口になるのは仕方ないかも知れません(^_^;

 それから、人間50歳ともなれば(もちろん10歳代でも)、読者として何らかの形で物申したい、情報発信したいのが自然ですよね。その仕組みが欠けているのが気になりました。双方向性が当たり前のインターネットの時代に、お仕着せのテキストを読ませるだけのシステムは、相当に高度な中身が必要なはずです。2005年11月号から20冊も発行され続けているというものの、ビジネスモデルとして他人事ながら、ちょっと心配しています。

 しばらくしたら、前述のサイトの方に6月号の記事が掲出されるでしょうから、タブチくんのファンの方は是非、御訪問ください。
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2007年05月13日

大学生の論文執筆法

大学生の論文執筆法
石原千秋著ちくま新書(2006年刊)

 この春、めでたく大学生になった息子が持っていて、借りて読んだ本です。
 もちろん主題は、「大学でレポートを書くときは、はっきりとした一人の読者(教官)がいて、その問いに答えるという明確な目的があるのだから、それに合わせて書け」というハウツーで、若人(ロートルの私も)を真っ当に導こうとする温かみに溢れています。

2部構成の前半、「秘伝人生論的論文執筆法」は平明に書かれていて、一気に読むことが出来ました。論文という枠を越えて、確かに「人生論的」でもあり、自虐気味のスタンスも好感が持てます。 駒田信二著「私の小説教室」を思い出し、出藍の誉れ輩出の予感がします。文中に例示されている書評の対象となった高田里惠子著「文学部をめぐる病い」は読んでみたいですね。
 一方、後半の「線を引くこと−たった一つの方法」は、論文展開の手法として「二項対立」、すなわち事象を二つに分けて対比する方法を数編、例示してくれていますが、著者の論理は単純明白な(様に見える?)ものの、引用文がどれも専門家=学者=研究者向けということで、私には余りにも難解に思え、飛ばし気味に読んでいます。

 ところで本書p128に「この第一部の奇妙な形式は、ある有名な哲学書を真似ている」とあります。その本とは何でしょう?翻訳が文庫で岩波文庫とちくま文芸文庫から出ているというのがヒントですが、当方は理工系なもので……

ラベル:家族
posted by ワークスK at 09:15| Comment(0) | 読みもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする